『ドラクエ3』開発秘話が明らかに! プログラマー内藤寛氏が語る「30人が徹夜で録画しながらデバッグ」の壮絶な舞台裏

もはや神ゲーと呼ぶべき不朽の名作『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』(略称『DQ3』)。ロト三部作の完結編として、発売当日は販売店の前に長蛇の列ができる社会現象を巻き起こし、その感動的なエンディングに涙したプレイヤーも多いのではないでしょうか。

この度、『DQ3』でメインプログラマーを務めた内藤寛氏が、自身のX(旧Twitter)で当時の開発秘話を明かし、多くのゲームファンの間で話題となっています。

内藤氏が語った、当時の制作エピソードがこちらです。

「DQ3の時はエニックス社内にデバッグチームが結成され、30人くらいがヘッドホンを付けて、ビデオを回しながらテストプレイをしていました」

「毎朝、FAXでどっさりとバグリストが送られてくるんです。それを僕らが必死に直して。昼過ぎにまた新しいバグリストの束を渡される。夜もひたすら修正作業。で、翌朝になるとまたバグリストが……一体いつ寝ろと?(笑)」

本作が発売されたのは1988年2月(ファミコン版)。当時の開発環境は現在とは比べ物になりません。この投稿には、「当時の『DQ3』のテストがこれほど大規模だったとは!」と驚きの声が多数寄せられました。しかも、ヘッドホンで音を聞きながら録画までするという徹底ぶり。バグの数も相当なものだったようで、一つ直せばまた新たな問題が……という状況が目に浮かびます。まさに人海戦術でゲームの完成度を高めていったのですね。

開発チームの皆さんが不眠不休で、根気強くバグを一つひとつ潰していったからこそ、私たちは『DQ3』の冒険を心ゆくまで楽しむことができたのです。開発に携わったすべての方々に、ただただ「リスペクト!」の一言です。

実は内藤氏が過去に明かしたところによると、開発が本格的にスタートしたのは1987年。当初はクリスマス商戦に合わせるため、デバッグやロムカセットの生産期間を確保すべく9月には開発を完了させる必要があったそうです。結果的に、わずか5ヶ月で開発を終えたというのですから驚きです。その後、先述の怒涛のデバッグ期間に突入したわけですね。

しかし、それでもスケジュールは厳しく、最終的に発売は翌年の2月へと延期されました。ファミコンでの開発経験が全くない、ほぼゼロからのスタートだったという点も、ただただ感服するばかりです。

内藤氏は、当時の開発秘話を語るだけでなく、現在もゲームに関する様々な面白いプロジェクトに携わっているようです。興味のある方は、ぜひXアカウントをフォローしてみてはいかがでしょうか。また、YouTubeチャンネルも運営しており、こちらもゲームファンにはたまらない、見ごたえのある動画が満載です。