『GANTZ』の奥浩哉、引退を表明。新作『還暦姫』が最終作に「もう漫画を描く気力がない」

『[[OBJ_991]]』や『いぬやしき』、『GIGANT』などの大ヒット作で知られる漫画家の奥浩哉先生が、引退の意向を表明しました。デビューから30年以上、第一線で活躍してきた先生が、講談社傘下のウェブメディア「クーリエ・ジャポン」の独占インタビューに応じ、現在連載中で単行本第1巻が発売されたばかりの最新作『還暦姫』の完結をもって、漫画家としてのキャリアに幕を閉じることを明かしました。

今回のインタビューでは、引退決意の背景や理由、そして自身の漫画創作に対する熱い思いが語られています。

インタビューはQ&A形式で行われました。以下、質問と奥先生の回答をご紹介します。

Q:最新作『還暦姫』は60歳間近の男性が女性になるという、原点回帰ともいえるテーマですが、なぜ今この題材に?

奥浩哉:最初のインスピレーションは、少女漫画家の弓月光先生が描かれた『どろん』という作品です。男の子が女の子になる、いわゆるTS(性転換)もののギャグコメディですね。1972年に刊行された単巻の漫画なんですが、当時そのストーリーにドえらい衝撃を受けて、「いつか自分もこんな作品を描いてみたい」という思いがずっと心の中にありました。

ただ、昔のテーマをそのままなぞっても面白くない。だから、性転換の過程をもっとリアルに描いて、新しい表現に挑戦しようと考えました。それがデビュー作の『変[HEN]』であり、今回の『還暦姫』に繋がっています。

『変[HEN]』から約40年が経ち、自分も漫画家として成長し、技術も向上したので、もう一度このテーマに挑戦してみようと思ったんです。『還暦姫』に出てくる還暦間近の男たちが住むシェアハウスの雰囲気は、実は僕の仕事場にすごく近いんですよ。その時ふと、「もし、この仕事場にいきなり女の子が一人増えたら、一体どうなっちゃうんだろう?」って考えたんです。

現実にはありえないし、僕自身もそんなこと望んでいませんが、想像するだけで面白くて、それを形にしました。普段の生活でふと浮かんだアイデアの中で、ずっと頭から離れない、どうしても忘れられないものだけを漫画にしています。実は今でも新しいアイデアはどんどん湧いてくるんですが、僕も来年で60歳。もういい歳なので、『還暦姫』を最後に漫画家を引退しようと思っています。

Q:本当に引退されてしまうのでしょうか?「やめるやめる詐欺」でまた新作を…なんてことは?

奥浩哉:ないですね、もう十分です。もう漫画を描く気力がありません。創作意欲が完全になくなったわけではないですが、物語を考え、作画し、それを続けていく…この一連の作業には、とてつもない精神力と体力が必要です。

でも、もうそのエネルギーが残っていないんです。『還暦姫』は、僕にとって漫画家人生の「終活」みたいなものですね。作中に登場するおじさんキャラクターたちには、僕を含めたクリエイターたちの姿が投影されています。「主人公に選ばれたこのおじさんが、これからどう生きていくのか、みんなに見届けてほしい」という気持ちで描いています。星人もUFOも出てきませんが、ぜひ最後まで読んでいただきたいです。

Q:先生は背景作画にデジタル技術をいち早く導入したパイオニアとして、海外でも高く評価されています。デジタルツールを使い始めたきっかけは何だったのでしょうか?

奥浩哉:90年代に漫画家としてデビューした頃、先輩の漫画家さんに使い方を教わったのがきっかけです。最初はスクリーントーンやカラーリング作業から始めて、その後、3DCGソフトの「Shade3D」も使うようになりました。なので、背景作画にデジタルを導入したのは、僕にとってはごく自然な流れでした。

1999年に連載した『01 ZERO ONE』は近未来が舞台だったんですが、アシスタントさんにお願いすると、人によってタッチがバラバラになってしまうのが悩みでした。そこで、いっそShadeとPhotoshopで背景データを作って、それをみんなで使い回そうという話になったんです。結果的に、ビルやメカといった無機質な質感を表現しやすくなりましたね。

Q:日本の漫画界には「手描き」を重んじる風潮があり、「背景にこそ漫画家の力量が表れる」といった意見もあります。デジタル導入に迷いはありませんでしたか?

奥浩哉:そういうこだわりは全くなかったですね。アシスタント時代、背景資料をひたすら手でトレースしながら、「この作業、本当に必要?時間の無駄じゃないか?」ってずっと思っていました。手で描かれた綺麗な背景は、原稿で見れば確かに「うわ、すげえ!」ってなります。でも、いざ印刷物になってしまうと、その凄さが読者にはなかなか伝わりにくい。

それに連載の締め切りを考えると、全ての背景を一人で描き上げるのは物理的に無理です。かといってアシスタントさんにお願いすると、僕とは違うタッチが混じってしまう。僕にとっては、それが作品の世界観を壊す「ノイズ」に感じられることすらありました。効率を考えれば、デジタル技術の導入は避けられない道だったと思います。

ただ、今でもビルが崩れた瓦礫や立ち上る煙などは、手持ちのソフトではまだ完璧に再現できないので、そういった部分は手描きです。人間や他の生物も同じですね。読者が感情移入するのは命あるものであって、無機物ではない。だから、キャラクターがちゃんと「演技」できなければならないし、そこは手で描くべきだと考えています。どれだけ効率化しても、本当に大変な部分は、結局大変なままなんですよ。

Q:初期の作品から最新作に至るまで、女性キャラクターの生理や妊娠といった描写を自然に描かれています。青年漫画では珍しいように思いますが、なぜでしょうか?

奥浩哉:生理や妊娠をタブーだと思ったことがないからです。だって、人間の女性なら「当たり前に起こりうること」じゃないですか。必要もないのに過剰に描くのはおかしいですが、こうした「人間らしい生々しさ」を描くことも、リアリティを生む一環だと考えています。

Q:一方で、女性キャラクターの胸はかなり非現実的なサイズ感ですが、何かこだわりが?

奥浩哉:ぶっちゃけ、俺の趣味です(笑)! 女性の豊かな胸は、立体感や躍動感を表現するのにすごく効果的で、描いていて楽しいんですよ。ビジュアル的にも映えますしね。小学生の時、テレビで見た『ルパン三世』の峰不二子のボディラインに、ものすごい衝撃を受けました。彼女のスタイルは美しくてカッコよく、強烈な色気があった。彼女の胸を「デカすぎる」と言う人もいるかもしれませんが、現実には僕の漫画より胸の大きな女性もいます。このビジュアル的な魅力は、きっと多くの人に理解してもらえると思っています。

何かを表現すれば、それを好まない人がいるのは当然です。でも、これは読者へのファンサービスとか、媚びるために描いているわけじゃない。ただ純粋に、自分が魅力的だと感じるものを描いているだけです。

その一方で、「作り物」の女性は描きたくない。例えば、男性に胸を触られたり、裸にされたりして「いやん」とか言うような、男性の性的ファンタジーのためだけに存在するキャラクターは描きたくない。僕の描く女性は鼻水も垂らすし、トイレでタバコも吸う。性欲もあれば、生理や生理痛もあるし、妊娠もする。わがままなことをする時もあれば、精神的に落ち込むこともある。僕が描きたいのは単なるコンテンツや記号じゃなくて、生身の人間としての女性なんです。

Q:先生が最も影響を受けた漫画家はどなたですか?

奥浩哉:手塚治虫先生と藤子・F・不二雄先生です。

藤子先生は僕の創作のベースですね。先生が作られた「SF」の世界観を土台にして、そこに現代的なリアリティを加えたのが、今の僕のスタイルだと思っています。藤子・F・不二雄先生は、ご自身にとってのSFとはサイエンス・フィクションではなく「少し・不思議」なことだとおっしゃっていました。僕が描くのも、そういった答えのない、でも誰もが興味を持つような問いかけなんです。

手塚先生の作品では、特に『バンパイヤ』が印象に残っています。僕の作品では、「なぜ人を殺してはいけないのか?」「正義とは何か?」「人間とは何か?」といった問いが繰り返し出てきますが、これらはまさに『バンパイヤ』が探求していたテーマでもあります。僕も作品の中で、これを一つの問いとして提示しているんです。答えをストレートに描いてしまうと、物語が途端に「お説教」になってしまう。作品の中に矛盾があるからこそ、よりリアルに近づくと考えています。

Q:先生の作品には、大量虐殺や暴行といった過激なバイオレンスシーンが、他作品では見られないほどの躍動感で描かれます。なぜ、あれほどの表現ができるのでしょうか?

奥浩哉:血なまぐさい暴力や殺人のシーンは、漫画ではあまり見かけませんが、映画の世界ではごく当たり前に描かれています。韓国映画や北野武監督、マーティン・スコセッシ監督の作品なんかには、そういったシーンがよく出てきますよね。僕が描く残酷なシーンも、そうした映画から大きな影響を受けています。

僕自身、残酷なシーンが好きなわけではありません。暴力、特にレイプなんかは「本当に描きたくない」とすら思います。自分が描いた大量虐殺シーンのせいで、精神的に参ってしまったこともありました。それでも描くのは、リアリティとエンターテインメント性を追求したいからです。キャラクターたちが置かれた状況を考えると、そういった描写を避けることのほうが、かえってリアリティを損なう場合があるんです。

Q:先生に憧れる若い漫画家も多いと思います。最近の漫画業界や漫画家について、思うことはありますか?

奥浩哉:申し訳ないけど、漫画全体のクオリティが落ちてきていると感じます。市場が拡大したことで、漫画をまずビジネスとして捉える人が増えたからかもしれません。「本当に漫画という表現方法が好きなの?」と疑問に思う作品もありますね。

漫画家の数も、最近はすごく増えたと感じます。でも、本当に漫画が好きなら、売れる売れないに関わらず、頭に浮かんだものを描き続けるはずなんです。もちろん、人それぞれ事情があるのは理解しています。でも、今の漫画家は、もうそういう感じじゃないのかもしれないな、とつい思ってしまいますね。


via: クーリエ・ジャポン