2026年7月公開の『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』(Spider-Man: Brand New Day)では、ピーター・パーカーが自らの正体をこれまで以上に慎重に隠している。
2021年の『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』(Spider-Man: No Way Home)の結末で、世界中の人々からピーター・パーカーに関する記憶が消えた。新たな人生を歩み始めた彼はニューヨークの街へ戻り、スーパーヒーロー「スパイダーマン」の原点ともいえる姿で活動を再開する。市民はスパイダーマンの存在を知っており、ビルの谷間を飛び回る姿を毎日のように目にするかもしれない。しかし、マスクの下にいる人物が誰なのかは、何としても守らなければならない秘密となった。
そこで、スパイダーマンを知ったばかりの映画ファンの間に、ある素朴な疑問が浮かび上がる。なぜスパイダーマンは、アイアンマンことトニー・スタークのように、自分の正体を堂々と世界へ公表できないのだろうか。
スーパーヒーローが秘密の正体を持つことは、長年にわたって受け継がれてきたコミックの伝統的な設定にも見える。しかしピーター・パーカーにとって、マスクには単に「顔を知られないようにする」以上の重要な役割がある。マーベル・コミックス(Marvel Comics)は実際にピーターの正体を世間へ公表させ、その後に展開した一連の物語を通じて、その決断がどれほど深刻な代償を伴うのかを描いている。
その代表例が、2007年から2008年にかけて刊行され、現在も賛否を呼び続けている『スパイダーマン:ワン・モア・デイ』(Spider-Man: One More Day)だ。
▌スパイダーマンが秘密の正体を明かした代償
『スパイダーマン:ワン・モア・デイ』について語る前に、物語を2006年のマーベル・コミックスによる大型クロスオーバー『シビル・ウォー』(Civil War)までさかのぼってみよう。
超人登録法をめぐってヒーローたちが対立するなか、ピーターは当初、アイアンマンことトニー・スタークの陣営に加わった。当時のピーターにとって、トニーはヒーロー社会の重要人物であるだけでなく、信頼できる先輩のような存在でもあった。そのトニーから、登録法を支持する象徴として正体を公表してほしいと求められ、ピーターは最終的に提案を受け入れる。
そして『シビル・ウォー』第2号では、スパイダーマン史上屈指の衝撃的な場面が描かれた。全国メディアの前に立ったスパイダーマンは自らマスクを脱ぎ、「スパイダーマンの正体はピーター・パーカーである」という事実を世界中に公表したのだ。

敵に無理やりマスクを剥がされたわけでも、偶然秘密が漏れたわけでもない。ピーターが自らの意思で初めて、「ピーター・パーカー」と「スパイダーマン」という二つの人生を一つにした瞬間だった。マーベルも後にこの出来事を振り返り、『シビル・ウォー』がスパイダーマンにもたらした最大級の変化として紹介している。
一見すると、それはピーターにとって一つの「成長」のようにも思える。家族や友人に嘘をつく必要はなくなり、スパイダーセンスが反応するたびに、苦しい言い訳を作って突然その場から姿を消す必要もない。誰かに「スパイダーマンとは何者なのか」と問い詰められる心配もなくなる。
しかしピーターは間もなく、ヒーローとしての正体を明かすことには、あまりにも大きな代償が伴うと知る。秘密の正体が本当に守っていたのは、日常生活で正体を隠す手間から彼自身を救うことではなかった。
▌誰もがピーター・パーカーを知れば、危険にさらされるのはスパイダーマンだけではない
スーパーヒーローが正体を公表するということは、「スパイダーマン」を知るすべての犯罪者が、ピーターをどこで捜せばいいのか理解するということでもある。彼らはピーターの名前も生活も、そして彼にとって誰が最も大切なのかも知ることになる。
事態をさらに悪化させたのは、登録法を執行するためにトニーの陣営が採用した手段が、自分の許容範囲を超えているとピーターが気づいたことだった。彼はアイアンマンのもとを離れ、戦いの途中でキャプテン・アメリカ率いる反登録派のシークレット・アベンジャーズへ寝返る。

こうしてピーター・パーカーは、以前よりもさらに過酷な立場へ追い込まれた。アイアンマンを支持して正体を公表したにもかかわらず、その選択が間違っていたと悟った彼はキャプテン・アメリカ側へ転じ、政府から追われる「違法ヒーロー」となった。ピーターはメイおばさんとMJを連れて逃亡生活を送らざるを得ない。かつてはマスクがあったため、敵はスパイダーマンを特定の家族と結び付けられなかったが、もはやその障壁は完全に失われていた。
そこで最大の脅威となったのが、キングピンことウィルソン・フィスクだった。当時収監されていたキングピンは、スパイダーマンの正体を知ると、ピーター一家が身を隠していたモーテルへ直ちに殺し屋を送り込む。狙撃手が引き金を引いた瞬間、ピーターはスパイダーセンスによって銃弾を回避し、MJを守ることにも成功した。
しかし、メイおばさんまでは守れなかった。放たれた銃弾は、無情にも彼女の身体を貫いた。

キャラクター設定という観点から見れば、この場面はスパイダーマンに秘密の正体が必要な理由を、最も直接的かつ残酷な形で描いたものだ。スパイダーマンは超人的な力やスピード、スパイダーセンスを持っているため、銃で狙われても生き延びられる可能性は高い。しかし、メイおばさんにそのような能力はない。
敵にとってスパイダーマンが、マスクを着けて壁を自在に這い回り、住んでいる場所すら分からないヒーローでしかなければ、狙えるのは本人だけかもしれない。しかし「スパイダーマンの正体はピーター・パーカーだ」と知られた瞬間、銃口が向けられる場所はニューヨークの街だけではなくなる。ピーター・パーカーの自宅や職場、MJやメイおばさん、さらには彼と少しでも関わったことのある人物まで、すべてが標的になり得るのだ。
メイおばさんが撃たれたことで、ピーターは完全に打ちのめされる。この物語は、やがて有名な「バック・イン・ブラック」(Back in Black)編へとつながっていく。ピーターは、自身が最も怒りに支配されていた時代を象徴する黒いスパイダースーツを再び身にまとい、事件の黒幕を追跡。最後には刑務所にいるキングピンのもとへ直接乗り込んだ。

ピーターはフィスクを徹底的に叩きのめし、もしメイおばさんが死ねば、必ず戻ってきて自ら決着をつけるとはっきり警告する。しかし残酷なのは、どれほど怒りをぶつけても、フィスクを倒せるだけの力があっても、病院で死に近づいているメイおばさんの運命だけは変えられないという現実だった。
ここには、非常にスパイダーマンらしい命題がある。「大いなる力には、大いなる責任が伴う」という言葉が生む苦しみの裏側ともいえるだろう。ピーターにはスーパーヴィランを倒す力があるが、その力だけですべての人生の問題を解決できるわけではない。壁を登り、銃弾をかわし、何トンもの重量物を持ち上げることはできても、銃創によって命を失いつつある高齢の女性を前にすれば、その超能力は突然何の意味も持たなくなる。この絶望的な状況が、『スパイダーマン:ワン・モア・デイ』の幕開けを告げることになる。

悪魔との取引、そして再び孤独なスパイダーマンへ
メイおばさんの命が消えようとするなか、ピーターは彼女を救うためにあらゆる方法を探し始める。科学や魔術、さらには自分をはるかに上回る力を持つ存在にまで希望を託し、ドクター・ストレンジにも助けを求めた。
しかし、返ってくる答えはいつも同じだった。救う方法はない。ピーターが絶望の淵まで追い込まれたそのとき、マーベル・ユニバースの悪魔メフィストが姿を現し、拒むことも、受け入れることもほとんど不可能な取引を持ちかける。
メフィストはメイおばさんの命を救えるという。ただし、当然ながら条件があった。彼が求めたのはピーターの魂ではなく、ピーター・パーカーとMJの「結婚」そのものだった。
これは、『シビル・ウォー』から続く物語における『ワン・モア・デイ』の最も残酷な結末でもある。ピーターがマスクを脱いだのは、自分の人生を「スパイダーマン」と「ピーター・パーカー」の二つに分ける必要がなくなると信じたからだった。しかし、その決断によって生じた結果を覆すために差し出すことになったのは、「ピーター・パーカー」として築いた人生のなかで、最も大切なものだった。
メフィストはさらに、二人の未来に生まれる可能性があった娘の姿まで見せる。取引を受け入れれば、その子供も二人の人生から永遠に失われることが示唆された。それでも選択肢を失ったピーターとMJは、最後には条件を受け入れ、メイおばさんはその残酷な決断によって命を取り留める。
メイおばさんの命と引き換えに、ピーターとMJの結婚は現実から書き換えられ、二人の結婚式は最初から存在しなかったことになった。そして改変後の世界では、「ピーター・パーカーがスパイダーマンである」という事実も再び世間から隠されることになる。その詳しい経緯は、後の物語『ワン・モーメント・イン・タイム』(One Moment in Time)で補足された。ピーターはようやく秘密の正体を取り戻したが、今度はそのマスクが背負う「責任」がどれほど重いものなのかを知っていた。
スパイダーマンが本当に守らなければならないのは「ピーター・パーカー」
ここまで読めば、映画ファンもよく似た展開に心当たりがあるだろう。MCUの『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』でも、正体が明らかになったことでピーターだけでなく、MJやネッドの人生まで大きく狂わされた。最後には同じようにドクター・ストレンジへ助けを求め、魔術によって世界中の人々から「ピーター・パーカー」に関する記憶を消している。
映画は『ワン・モア・デイ』をそのまま映像化したわけではなく、取引の条件にも物語の展開にも大きな違いがある。それでも、「正体の発覚が災厄を招き、魔術によってピーター・パーカーとスパイダーマンのつながりを断つ」という発想には、コミックの物語が色濃く反映されている。
だからこそ、『スパイダーマン:ブランド・ニュー・デイ』におけるピーターの秘密主義にも、これまで以上の説得力が生まれる。
『ノー・ウェイ・ホーム』を経験した彼は、自らのヒーローとしての人生が、周囲の人々をどのように巻き込んでしまうのかを目の当たりにした。メイおばさんはスパイダーマンの世界に巻き込まれて命を落とし、MJとネッドもピーターの最後の決断によって、彼と過ごした日々の記憶をすべて失った。
その結果、『ブランド・ニュー・デイ』のピーターはもう一方の極端へ進んでいる。「ピーター・パーカー」という存在が身近な人々を危険にさらすのであれば、ニューヨークを守るヒーロー「スパイダーマン」だけを残せばいい。街中の人々に姿を見られても、ビルの間をスイングする様子を撮影されても、ほかのヒーローと肩を並べて戦っても構わない。しかし、マスクの下にいる青年の名前だけは、彼自身のものでなければならない。
これこそ、秘密の正体がほかの多くのスーパーヒーロー以上に、スパイダーマンにとって重要である理由だ。ピーターが守ろうとしているのは神秘性ではなく、自分の私生活を隔てる一本の境界線である。マスクの外側にはスパイダーマンの敵と責任、そして戦いがある。一方、マスクの内側にはピーターの家族や友人、愛する人々がいる。その境界線が消えれば、二つの世界は衝突し、彼が最も恐れる結果を招くことになる。