ザック・スナイダー監督、新作への酷評に「私を狙い撃ちしている!」と反論 『スーパーマン』の“パンツ外履き”は時代遅れ、ワーナーは娘の死に乗じて『ジャスティス・リーグ』を奪ったと激白

(画像提供:ワーナー・ブラザース映画)

『バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生』の監督であるザック・スナイダーの新作『ザ・ラスト・フォトグラフ』が、先日トロント国際映画祭でプレミア上映された後、多くのメディアや批評家から酷評の嵐に見舞われた

これに対し、スナイダーはすぐに『バラエティ』誌の独占インタビューに応じ、世間の批判に反論した。「ええ。今朝起きてXの通知を見たら、議論が異常なほど激しくなっていた。まるで一瞬で戦争が勃発したかのようでした。これをクールだとは言いたくないですが、ある意味では、そういう側面も少しある。理由は分かりませんがね。この激しさと辛辣さは、本当に信じられないほどです。『ザック・スナイダーを殺したい』『ザック・スナイダーはファシストだ』『ザック・スナイダーはホモフォビアだ』『ザック・スナイダーはバイセクシャルだ』なんて言われています」

最も多く見られた批判は、『ザ・ラスト・フォトグラフ』における女性への虐待シーンが過度に暴力的で、女性嫌悪に近いというものだった。これに対し、スナイダーは次のように説明している。「何と言えばいいか…。まず、映画の中での暴力は女性と男性に対して平等であり、誰も免れることはできません。男性、女性、子供、誰もが被害に遭います。映画が示す正義のあり方は、まるでハリケーンが猛威を振るって通り過ぎるようなものです。道徳でこれを説明しようとしたり、暴力に何らかの意味を与えようとしても――暴力の意味とは、そもそも暴力が機能しないことにあるのですから――何も説明はできません」

(画像提供:IMDb)

スナイダーは続ける。「彼らは100%偏見を持って私の映画を観ています。映画館には1200人しかいなかったのに、ネット上には何万もの投稿があるんです!そのうちの一つに、映像を切り取って『まだ観ていないけど、クソ映画なのは間違いない』と言っているものを見ました。聞いてください。この映画が好きか嫌いかについてコメントするつもりはありません。しかし私の見るところ、『ザック・スナイダーが嫌いだ!奴はファシストだ!』と放言する方が、『この映画を観たけど、なかなか良かった』と言うよりも注目を集めやすいのは明らかです。後者のような投稿なんて誰も気にしませんし、言うまでもなく、私はファシストではありません」

(画像提供:ワーナー・ブラザース映画)

スナイダーは振り返る。「以前、ベルリン国際映画祭で『300 〈スリーハンドレッド〉』を上映した時も、全く同じことが起きました。映画が終わるとすぐに激しい議論が巻き起こり、誰もがブーイングし、途中退席しました。あれがこの映画の初上映で、私たちは皆呆然としました。『大失敗だ』『史上最悪の映画』『ファシスト映画』と言われました。その後の記者会見でも、『あなたはファシストの映画監督ですか?』といった多くの質問を浴びせられました」

(画像提供:ワーナー・ブラザース映画)

インタビュー中、スナイダーは『ジャスティス・リーグ』の舞台裏での様々な騒動について再び問われた。スナイダーは、ワーナー・ブラザース映画が、娘の自殺を理由に彼がプロジェクトを降板したのに乗じて、映画の主導権を奪い、内容の半分以上を書き換えて再撮影したのではないかと疑問を呈している。「以前、ワーナー・ブラザースの元幹部――今はもう退社して久しい人物です、名前は言いませんが――に会った時、彼はこう言ったんです。『ザック、一つ言わせてくれ。君は全ての点において正しかった』と。私は『それはどうも』と返しました。すると彼は続けました。『我々は君のことでずっと議論してきたが、最終的に君が正しかったことが証明された』とね」

(画像提供:ワーナー・ブラザース映画)

スナイダーは付け加える。「彼らが議論していたのは、DCユニバース全体のビジョンや、私の映画の作り方、そういった類のことです。彼らはコントロールしようとしていた――つまり、かつて存在し、今はない体制のことですがね。彼らは計り知れない価値を持つ巨大なIPを所有しており、それを最大限守りたいと思う気持ちは理解できます。彼らの生活がかかっていますから。それなのに、そのIPを狂人に任せてしまった、少なくとも彼らはそう考えていた。要するに、ワーナー・ブラザース内の一部の人間が考えていたのは――これは非常に冷酷に聞こえるでしょうが――『ザックの不幸は、我々がこの映画の主導権を取り戻す好機だ』ということだったのです」

スナイダーは数日前、ジェームズ・ガン版の新作『スーパーマン』を観る時間がないと語っていたが、今回はまだ観る心の準備ができていない、と表現を改めた。「新しい一連の映画はまだ観ていません。私にとっては、少し個人的な感情が絡みすぎているというか、今観るにはまだ早すぎるんです。でも、ジェームズ・ガンと彼の創作ビジョンは本当に尊敬しています」

(画像提供:ワーナー・ブラザース映画)

スナイダーはまた、新作『スーパーマン』の監督であるジェームズ・ガンから、スーパーマンのパンツを外に履かせるべきかについて意見を求められたことを認め、自身は今でも外履きに反対していることを明かした。

スナイダーは説明する。「彼からパンツについての質問をされたんです。正確な質問は覚えていませんが、パンツのことだったと思います。申し訳ないですが、長くなりますよ。私が撮った『ウォッチメン』を例にとると、あれはスーパーヒーローを脱構築する映画で、神経症や、コスチュームに現れる性的抑圧やフェティシズムなどを描いています。これらの設定に逆らうことはできません。私の考え方はいつもこうです。スーパーヒーローがコスチュームの外にパンツを履く習慣は、ヴィクトリア朝時代の怪力男に由来します。ヴィクトリア朝時代の人々は非常に保守的で、肌色のタイツを履き、その上にパンツを履いていました。これがその習慣の起源です。これは実際、裸になることを恐れて肌を露出したがらないヴィクトリア朝時代の人々を反映しています。だから私の見解では、パンツの外履きは古臭すぎます。私たちはもうそんな風には考えません。パンツを外に履かなくても問題ない時代に生きているんです。でも、もしかしたら私たちは全く変わっていないのかもしれませんね、ハハ!パンツの外履きが伝えたいメッセージは、スーパーマンにパンツを外履きさせるべきだ、なぜなら私たちはまだヴィクトリア朝時代の保守的な考えから抜け出せていないからだ、ということなのかもしれません。でも、私はもう抜け出せていると思っていたんですがね!」

ガンは以前、自身も当初はパンツの外履きに反対していたが、現在のスーパーマン役であるデヴィッド・コレンスウェットから、スーパーマンは子供たちが強大なエイリアンの力を持つ自分を怖がらないように、できるだけ親しみやすい格好をしたいのだと聞き、考えを変えたと説明している。最終的にガンは説得され、スーパーマンの見た目が真面目でシリアスであるかのように装うべきではなく、その馬鹿げた見た目こそがスーパーマンの本質の一部であると考えるようになった。


via: Variety