「一番大事なのは戦争を始めないこと!」富野由悠季監督が『機動戦士ガンダム』で「敵」を人間にした理由を語る

「ガンダムの父」として知られる富野由悠季監督。アニメ業界におけるその地位は、もはや神格化されていると言っても過言ではありません。御年83歳を迎えた今もなお、引退を表明することなく、「もう体力的に創作できる時間はそう長くない」と語りつつも、『機動戦士ガンダム』シリーズへの熱い眼差しは衰えを知りません。

富野監督ファンならご存じの通り、彼はかねてより戦争問題に深い関心を寄せています。先日、共同通信社のインタビューに応じ、日本が戦後80年を迎えようとする今、自身の作品に込められた核となる思想について語りました。

富野由悠季監督は1941年、神奈川県小田原市で生まれました。当時幼かった富野監督は、戦争の記憶こそ少ないものの、焼夷弾が落ちる音や、空を赤く染めた火災の光景は鮮明に覚えているといいます。戦争の恐ろしさを肌で感じ、その意味を皆に理解してほしいと願っています。

アニメ制作において、富野監督は数多くのSF戦記ものに携わってきました。当時、多くのSF作品では「敵」を宇宙人とするのが一般的でした。しかし、1979年の『機動戦士ガンダム』制作にあたり、富野監督はあえて「敵を人間」とすることを決断します。

それは、国家間の戦争を描くことで、重火器の存在を正当化し、「戦争が起こる理由」を創造する必要があったからです。宇宙人であれば地球侵略という単純な理由で戦争を起こせますが、人間同士の戦争は、一人の独裁者だけでは簡単に勃発しない。

そこで富野監督は、「宇宙のスペースコロニーに住む人々が、地球から棄民扱いされた屈辱から独立戦争を起こす」という設定を考案。これはアメリカ南北戦争を参考に、民族融和の概念も取り入れたものだそうです。こうして、少年が人型兵器「ガンダム」を操り、宇宙移民と戦う物語が生まれたのです。

このような考えに至ったのは、富野監督が「戦争を本当に知っている人」が減っていると感じているからだといいます。戦後多くの戦争映画が作られましたが、戦争を体験していないクリエイターは、その本質を理解せず、戦争シーンをゲームやアクションのように扱ってしまうと指摘します。

彼は作品を通じて戦争の現実を訴え、どちらを悪役と見るかは別として、人間同士の摩擦や憎悪が戦争を生むことを伝えたいと願っています。鑑賞する際には「戦争を始めてはいけない」という意識を持って深く考えてほしい。なぜなら、一度始まった戦争は止めることができないから、と。

日本が戦後80年を迎えるにあたり、83歳になった富野監督は、世界を見渡せば今なお戦争が続いている現状に言及。ロシアによるウクライナ侵攻やイスラエル軍によるガザ攻撃などを挙げ、「国際政治において、多くの政治家が歴史に縛られ、戦争への理解が退化している」と危機感を募らせます。

それぞれが自身の「正義」を振りかざし、「今なら勝てる」と開戦する。その結果、憎悪が蓄積され、止まらなくなると警鐘を鳴らします。「一度振り上げた刀は下ろしにくい。武器を使えば、使った人間が死ぬまで続く」と語ります。

富野監督は、8月15日を「終戦記念日」ではなく、「敗戦記念日」と呼ぶべきだと主張。この80年間、メディアは玉砕を命じた軍人や政治家の生の声をもっと伝え、後世に戦争の真実を理解させるべきだったが、それができていないと指摘。戦後生まれの人々こそ、戦争を正しく理解する必要があると訴えます。

富野監督は、自らが体験した戦争の記憶を若い世代に伝え、戦争を「ただのドンパチ」と軽視してはならないという「戦争への礼節」を訴えかけているのでしょう。

via: 47 NEWS