漫画家・永井豪先生と『ドラクエ』の堀井雄二氏が旭日小綬章を受章! 堀井氏が明かす「昔、先生のアシスタントになりたかった」驚きのエピソードも

本日11月3日、政府は「令和7年秋の叙勲」の受章者を発表しました。

今回の叙勲で、『デビルマン』や『キューティーハニー』、『マジンガーZ』など数々の名作を生み出した漫画家の永井豪先生と、『ドラゴンクエスト』シリーズの生みの親として知られるゲームクリエイターの堀井雄二氏が、そろって旭日小綬章を受章。長年にわたる日本の漫画・ゲーム文化への多大な貢献が認められました。お二人はそれぞれ、SNSで喜びのコメントを発表しています。

永井豪先生(80)は、半世紀以上にわたり、ギャグからアクションまで多彩なジャンルでその才能を発揮してきました。「子供の頃から夢だった漫画家の道を歩めたことは、人生最大の幸せです。一路上“自分らしい”作品を応援し続けてくれた読者の皆様には、心から感謝しています」と、ファンへの感謝を語りました。

石川県輪島市出身の永井先生は、石ノ森章太郎氏のアシスタントを経て1967年にデビュー。その後、数々のヒット作を世に送り出します。『デビルマン』では悪魔に変身したヒーローの悲哀を描き、『ハレンチ学園』では大胆なギャグと描写で社会現象を巻き起こしました。「『漫画の面白さを一人でも多くの人に伝えたい』という思いで描き続けてきました。大ヒットすることもあれば、批判を浴びることもありましたが、そのすべてが『面白いもの』を追求した結果です」と、創作への情熱を振り返りました。

『マジンガーZ』をはじめとする多くの作品がアニメ化され、世界中に熱狂的なファンを生み出しました。永井先生自身もこれまでに20か国以上を訪問し、日本の漫画・アニメ文化の普及に尽力。「そうした活動が、今日の漫画やアニメの隆盛に少しでも繋がったのであれば、本当に嬉しいです」と笑顔で語りました。

堀井雄二氏(71)は、日本のゲーム史を語る上で欠かせないクリエイターです。氏が生み出した『ドラゴンクエスト』シリーズは、日本中にRPGの面白さを広め、一大ムーブメントを巻き起こしました。受章に際し、「このような章をいただき、身に余る光栄です。共に制作してきたスタッフ、そして応援してくださるプレイヤーの皆さんのおかげです。この受章が、後進の励みになれば嬉しく思います」と謙虚にコメントしました。

大学卒業後、少年誌のライターなどを経て、自作パソコンで応募したゲームコンテストでの入賞をきっかけにゲーム業界入り。1986年に初代『ドラゴンクエスト』を、そして1988年には社会現象となった『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』を発売し、その人気を不動のものとしました。

堀井氏は後進に向け、温かいエールを送ります。「人生はロールプレイングゲームのようなもの。壁にぶつかったら、それをイベントだと思って『クリアしてやろう』と考えれば、前に進めます」。今後の活動については、「まだまだ引退はしません。今でも『大人になったら何になろうかな』なんて考えていますからね」と、尽きることのない冒険心をのぞかせました。

さらに堀井氏は自身のX(旧Twitter)で、驚きのエピソードを告白。なんと50年以上前の高校3年生の夏休み、漫画家を目指していた堀井少年は、描きかけの原稿を手に永井豪先生の仕事場を訪ね、アシスタントにしてほしいと直談判したというのです。

大塚駅前から電話をかけただけの、完全なアポなし突撃だったにもかかわらず、「先生は、とても優しく対応してくださいました」とのこと。残念ながらアシスタントになる夢は叶いませんでしたが、快くサインをしてもらえたそうです。

時を経て、憧れの永井先生と同時に受章できたことに、「感慨無量です。本当に、よかった、、、。」と喜びを噛みしめていました。

漫画界とゲーム界、それぞれの分野で金字塔を打ち立てたお二人の受章は、多くのファンにとっても喜ばしいニュースと言えるでしょう!