『AKIRA』の女性への暴力シーンに「不快だから評価不要」の声、ネットで大論争に。「作品の価値と個人の感想は別」という意見が多数派か

漫画家・アニメ監督である大友克洋氏が1988年に手がけた劇場アニメ『AKIRA』。当時の時代を映し出したサイバーパンクな世界観は唯一無二で、今なお多くのファンから「神作」として語り継がれる不朽の名作です。

そんな『AKIRA』が先日、NHKの「Eテレ」で放送されたところ、ある視聴者から「作中で女性キャラクターのカオリが暴力を受け、服を破られるシーンがトラウマになった」との声が上がりました。さらに、この視聴者は『AKIRA』を「評価する必要はない」とし、「こういうシーンを平気で見られる男性だけが持ち上げている作品」と断言。この意見がネット上で大きな波紋を広げ、賛否両論を巻き起こしています。

議論のきっかけとなったのは、あるX(旧Twitter)ユーザーの以下の投稿でした。

「『AKIRA』で女の子が面白半分に服を破られて殴られるシーンがトラウマで、それ以来見ていません。この作品は評価されなくていいと思います。どうせこういうのを平気で見られる男たちが持ち上げてるだけでしょ、馬鹿馬鹿しい。あまりにリアルだから、あなたたちには何も響かないんですか。」

この投稿者が指摘しているのは、作中で鉄雄の彼女であるカオリが遭遇する一連のシーンのことです。

この投稿は瞬く間に拡散され、「描写は賛美を意味するのか」「個人の不快感が作品の価値を否定することになるのか」といったテーマで、大きな議論へと発展しました。

多くのネットユーザーからは、「特定のシーンが不快で作品を見ない、というのは個人の自由。しかし、だからといって作品そのものが『評価に値しない』と断じるのは違うのでは」という意見が噴出。この論理を「『気持ち悪いから自分には合わない』はOK、『気持ち悪いからこの作品は悪だ』は論理が飛躍しすぎ」と的確に表現するユーザーも現れました。

多くの反論で強調されたのは、問題のシーンは視聴者に不快感や嫌悪感を抱かせることを意図した演出であり、それによって『AKIRA』が描く、道徳が崩壊し治安が失われたディストピアの世界観を表現しているという点です。決して、いわゆる「ファンサービス」として描かれたものではない、という指摘が相次ぎました。

ある女性視聴者からは「あのシーンは決して美化されておらず、暴力の不条理さや恐怖を生々しく描いているからこそ、作品の持つ残酷なテーマが際立つ」という意見も。また、「男性だってあのシーンは不快に感じる」と、「男性だけが平気」という主張に反論する声も上がっています。

さらに議論は広がり、「もし『描写すること=賛美すること』という理屈が通るなら、戦争や犯罪、奴隷制度を描いた作品はすべて、それらを肯定していることになってしまう」と、今回の主張の危うさを指摘する声も。このような解釈はあまりに一面的だという意見です。

「『自分が嫌い』という個人の感想と、『作品として優れているか』という評価は別問題」とし、フィクションと現実の価値観を混同すべきではない、という意見も多く見られました。

あるユーザーは「『見たくない』は自由。でも『見たくないから』という理由で、作品そのものや、それを見ているファンまで否定するのは、さすがにやりすぎ」とコメントしています。

もっとも、そもそも今回NHKの「Eテレ」で『AKIRA』が放送されると発表された時点で、ネットでは賛否の声が上がっていました。「Eテレ」といえば教育専門チャンネルというイメージが強いだけに、過激な暴力描写を含む本作の放送を疑問視する声があったのも事実です。

それぞれの立場は異なりますが、議論に参加した多くの人は「特定の描写が辛くて作品を避けるのは、尊重されるべき個人の選択」という点では一致しているようです。今回の論争の核心は、ある作品を「好きではない」と感じたときに、その作品が生まれた背景や、他の人の感想に対して、理解や敬意を払えるかどうか、という点にあるのかもしれません。

via: togetter