最近、X(旧Twitter)でとある話題が燃え上がっています。それは「日本の漫画やアニメは見たいけど、舞台が日本なのはイヤだ」という一部の海外ファンからの声。こうした「もっと国際化すべき」という意見がSNSで大きな議論を呼び、日本のネットユーザーから多くの反論が寄せられています。

この議論のきっかけとなったのは、あるユーザーのこんな投稿でした。
正直、こんなこと言ったら怒られるかもしれないけど、素朴な疑問なんだけど――なんでみんな、そんなに日本の最新の漫画やアニメ、ラノベを追いかけたがるんだろう? もちろん、日本の作品に普遍的で人を惹きつける魅力があるのはわかる。でも、みんなの自国にも、自国語で書かれた面白い作品がたくさんあるんじゃないかな?
どの国にも漫画家や小説家はいるし、アニメや映画、ドラマだって作られてる。その中には、本当に面白い作品もたくさんあるはず。外にばかり目を向けるんじゃなくて、まずは自国の作品をしっかり応援して楽しむ方が、その国のクリエイターにとってもプラスになるんじゃないかな? こういう考え方って、おかしいかな?

この投稿を受けて、別のユーザーからは、最近の海賊版問題などを背景に、ネット上で見られる海外ファンとのこんな"やりとり"が紹介されました。
「日本の漫画やアニメ、ラノベは読みたいけど、舞台が日本なのは好きじゃない。もっと国際的にしてほしい」
これに対し、日本側は「でも、あれは日本の作家が日本の読者に向けて書いた作品ですよ」と返答。
「日本の作家が国際市場をターゲットにしないのはおかしいでしょ」
日本側は「いや、国内市場だけで十分成り立ってるし、日本向けの作品でも世界中で売れてますけど…」と応じます。
「日本人は商売が下手だ」
これには「そもそも、自国が舞台の作品が見たいなら、自国のクリエイターを育てるか、いっそ自分で書いてみたらどうです? 日本人もそうやって発展してきたんですよ」と返すと…
「日本人って人種差別主義者だ!」
投稿主は、こうした一連のやりとりを見るたびに、もはや議論ではなく、一部の人が自分のロジックだけで堂々巡りしているだけで、コミュニケーションが成立していないと感じると語っています。
この議論に対し、多くのネットユーザーからは「クリエイターが自国のよく知る文化を舞台に選ぶのは当然」という意見が寄せられています。たしかに、多くの人にとって外国の文化への理解は限られており、資料集めや考証には高いコストがかかります。もし描写が不正確であれば、かえって批判を招くことにもなりかねません。そのため、自国を舞台にすることは合理的であり、作品のクオリティを保つ上でも理にかなっている、というわけです。「日本の作品は見たいけど、舞台は日本以外で」という"国際化"を求める声に、疑問を呈する意見が多く見られました。

議論の中には、「異世界の入り口、だいたい日本にありすぎ問題」といったユーモラスなツッコミも。たしかに、昨今の異世界転生・転移モノでは、なぜかゲートが日本に集中しがちですよね(笑)。

「日本以外の舞台の作品が見たい」という声に対しては、多くのユーザーが「それなら自国のクリエイターを育てるか、いっそ自分で創作すればいい」と返しています。あるユーザーは、「創作とはそもそも『読みたいものがない』から生まれるもの。他人に変化を求めるより、自分で作ればいい」と、より踏み込んだ意見を述べていました。

もちろん、「市場が拡大すれば、多様な意見が出るのは自然なこと」といった中立的な見方もあります。しかし、多くの海外ファンは、まさに日本ならではの文化背景に魅了されてファンになったはず。過度な「グローバル化」は、かえって作品本来の魅力を削いでしまうのではないか、という懸念も示されています。
多くの日本のネットユーザーは、日本の作品に変化を求めるのではなく、それぞれの国が自国の文化から創作の力を育てていくべきだと考えているようです。他者に「国際化」を要求するのは、本末転倒ではないか、という意見が多数を占めています。