近年、「画像生成AI」に続き、特定の人物の声を学習させて自由に音声を生成する技術が急速に広まっています。この流れは、声を生業とする人々にとって深刻な問題を引き起こしています。
このAIによる音声学習問題に長年警鐘を鳴らしてきたベテラン声優の緒方恵美さんが、先日放送されたTBSの報道番組『news23』のインタビューに応じ、この問題に対する強い危機感を表明しました。

『幽☆遊☆白書』の蔵馬や『新世紀エヴァンゲリオン』の碇シンジ、そして近年の大ヒット作『呪術廻戦』の乙骨憂太など、数々の人気キャラクターを演じ、デビューから30年以上第一線で活躍し続ける緒方恵美さん。そんな彼女が今、最も心を痛めているのが、自身の声がAIによって無断で利用されているという現実です。
現在、インターネット上には生成AIに声優の声を学習させて作られた動画が数多く投稿され、SNSなどで拡散されています。緒方さんは次のように語ります。「一番多く使われてしまうのが、やはりキャラクターの声なんです。キャラクターは私たち自身の一部を注ぎ込み、大勢のスタッフと共に生み出した大切な存在。それがこういった形で使われるのは、本当に憤りを感じます」

すでに、アニメキャラクターの声を模倣できるAIモデルを提供するウェブサイトも存在し、中には様々な声優が演じたキャラクターのAI音声バージョンまで用意されています。ユーザーがテキストを入力するだけで、そのキャラクターの声でどんな内容でも読み上げさせることができてしまうのです。さらに衝撃的なのは、サイト上で生成したAI音声を商用利用することも可能だと明記されている点です。
この事態を受け、複数の声優が所属する関連団体は、声優たちの声を無断で利用して作られたAIモデルの削除をサイト側に要求しています。

緒方さんは、このようなサイトの存在はもはや看過できないレベルにあると断言します。「声は、私という人間のアイデンティティそのものです。もし、私の声で、私が全く言いたくないようなことを言わされ、それが売買されるなんてことになったら……なぜこんなことに、と本当に苦しいです」
あるNPO法人の試算によると、2025年のある約2ヶ月間だけで、インターネット上にはAIによって無断で生成されたとみられる声優やタレントの音声を使用した画像・動画が約4万3千件も投稿されたとのこと。これにより、タレントやクリエイターが被った経済的損失は、20億円から45億円にのぼると推計されています。
しかし、現在の日本の法律には「声」そのものを直接保護する法律がなく、無断で生成された音声が野放しになっているのが現状です。

緒方さんは、この状況に強い懸念を示します。「声だけでなく、今や日本は世界中のAIにアニメや漫画の素材を“供給”する国になりかねません。『コンテンツ大国』と言われているのに、なぜ国がきちんとルールを定め、世界に向けて『これはやってはいけないことだ』と明確に示してくれないのでしょうか?」

2026年5月、緒方さんは他の声優たちと共に法務省の検討会に出席。生成AIによる声や肖像の無断使用について、どのような場合に民事責任を問うべきか議論しました。彼女はその場で「許諾のない音声の生成を止めてほしい」と強く訴えました。

長年、声優業の傍ら、若手声優や俳優の育成にも力を注いできた緒方さん。彼女がレッスンで最も重視しているのは、AIには決して真似できない、心から湧き出る感情の演技です。
レッスンを受ける生徒たちも、AIに未来の仕事を奪われるのではないかと不安を口にします。緒方さんは彼らにこう語りかけます。「もっと具体的にキャラクターの感情を想像して。どうしてそんな風に泣くの?何が原因なの?自分の身体と感情でキャラクターを再解釈できなければ、それは本当の声優とは言えない」

こうした声を受け、法務省の検討会は7月27日に最新のガイドライン案を公表しました。この案では、声優や歌手などの声も、その商業的価値を無断で利用されない権利である「パブリシティ権」の保護対象に含めるべきだと示されています。これにより、今後、無断で他人の声を使ってAI動画などを制作し、SNSなどで収益を得た場合、損害賠償などの民事責任を負う可能性が出てきました。
緒方さんは、声優や俳優を目指すすべての若者たちの未来を守るため、より完全な法制度の一刻も早い整備を望んでいます。「私のように、ある程度名前を知っていただいている人間なら、まだこうして声を上げて止めようとすることもできるかもしれません。でも、これからの若い声優たちは、生活していくことすら難しくなってしまうかもしれない。それが本当に心配なんです」

最後に彼女はこう強調しました。「生成AIが進化し続けること自体は、とても素晴らしいことだと思います。しかし、その利用が、誰かが長年積み重ねてきた創作活動の成果を踏みにじり、業界全体を危機に陥れるようなものであっては、決して正しい発展の形とは言えません」
現在、日本でも関連法規の整備が少しずつ進められており、声優とAIをめぐる問題が解決に向かうことが期待されます。
via: TBS NEWS DIG