ぬいぐるみをバッグに付けて持ち歩き、一緒にお出かけしたり、写真を撮ったり。相棒や「推し」のようにかわいがる「ぬい活」は、今やすっかりおなじみの光景となっています。
ところが、雑誌『週刊新潮』に掲載された「ぬい活」を巡る記事が物議を醸しています。記事では、ぬい活の本質は「精神的な幼児化の表れ」であり、精神分析の観点では、ぬいぐるみが強い愛着を抱く「移行対象」(Transitional Object)になっていると指摘しました。
この見解にXではぬい活民から反発が続出。「個人の趣味をそこまで決めつけるのか」と大きな注目を集めています。

▼ 記事の公開後、Xでもこの日の大きな話題となりました。

実は、『週刊新潮』の記事で主題となっているのは、ぬい活そのものではありません。社会全体に広がる「幼児化」を論じる中で、その一例として取り上げられています。
記事では、飲食店や観光地などへぬいぐるみを連れて行き、一緒に写真を撮ってSNSに投稿する人々について言及。いい年をした大人が「ぬい活」にいそしんでいる光景は、奇妙と言っても差し支えあるまいと評しています。
株式会社東京商工リサーチの調査によると、ぬいぐるみ関連企業34社の売上高は2021年の504億円から、2025年には849億円まで増加。ぬいぐるみ業界はまさに絶好調です。
記事では、精神科医の片田珠美氏による「精神分析において、ぬいぐるみは『移行対象』(Transitional Object)と呼ばれます。これはイギリスの精神分析家ドナルド・ウィニコットが提唱した概念で、乳幼児が肌身離さず持ち歩くタオルや人形などを指します。母親との分離不安が生じる時期に、子どもが『自分は母親とは別の存在である』という現実を受け入れるための橋渡し役となります。通常は成長とともに忘れ去られていくものです」との解説を紹介しています。
さらに、この考えをぬい活に当てはめ、次のように説明しました。
「大人がぬいぐるみに執着するのは、精神的な幼児化の表れといえます。根底にあるのは強い孤独感です。一緒に旅行へ行くパートナーや子どもがいれば、ぬいぐるみを連れていく必要はありません。現実の孤独を直視しないで済むよう、代償的な満足を求めてぬいぐるみを連れて歩くのです。」
また、ぬいぐるみの写真をSNSへ投稿する行為について、片田氏は「承認欲求の根底にあるのは『自己愛』です。SNSの普及に伴い、自己愛を肥大化させた人が自己アピールを発信していますが、そこで問われるのが想像力です。自分の投稿や発言がどのような影響を与えるか想像できなければ、炎上を引き起こしてしまいます。」と述べています。

これに対し、SNSでは反発の声が続出。ぬいぐるみは「仕事で疲れた心を癒やしてくれる大切な支え」だとして、「精神的な幼児化」という評価に納得できないとの意見が相次ぎました。「赤ちゃんのままで働かずに済むなら、そもそもこんな心の支えは必要ない」という、切実すぎる声も上がっています。

特に「一緒に旅行へ行くパートナーや子どもがいれば、ぬいぐるみを連れていく必要はありません。」との一節には、「ストレスの多い現代社会で、この言い方はあまりに厳しすぎる」との指摘も。ストレス解消の方法は人それぞれなのに、ぬいぐるみを持ち歩くだけで社会の異端者扱いされるのはおかしい、というわけです。

夫や友人と出かけるときにもぬいぐるみは必ず連れて行くため、「必要ないと思ったことなんて一度もない」と語る人もいました。

「大人がぬいぐるみを好きなだけで、まるで精神鑑定で異常を指摘されたかのように扱われるのは納得できない」との声も。ただかわいいものが好きで、その気持ちを誰かと共有したいだけなのに、それすらダメなのかと疑問を投げかけています。
また、「幼児化」の対極にある「成熟」とは何なのかを問う意見も見られました。他人の趣味を勝手に評価するのではなく、好みを尊重できてこそ成熟した大人ではないか、という指摘です。かわいいぬいぐるみを持ち歩くだけで周囲の目を気にしなければならなかった時代に逆戻りしかねないとして、こうした記事が当事者をさらに生きづらくするとの批判も上がっています。

ぬい活を楽しむ人々にとっては、あくまで個人の趣味であり、他人から否定される筋合いはないというのが共通した思いのようです。ぬいぐるみを「移行対象」と捉える研究上の見解はあるとしても、誰かに迷惑をかけているわけではなく、心の支えにもなっているもの。それを一括して「幼児化」と評されれば、受け入れ難いと感じるのも無理はありません。
via: デイリー新潮