1995年の放送開始以来、『新世紀エヴァンゲリオン』は、もはや説明不要の日本アニメ史に残る金字塔として君臨しています。当時の熱血や勇気、楽観主義を主旋律とする少年アニメとは一線を画し、主人公・碇シンジは逃避や孤立、自己懐疑に満ちたキャラクターとして描かれ、今なお多くの視聴者の共感を呼んでいます。そして、監督である庵野秀明氏自身も、シンジの人格が自身の内面世界の投影であることを、かつて明かしていました。

「シンジは、意識的にも無意識的にも、僕の性格を映し出しているんです」。庵野監督は、創作過程で自身の成長期に培われた孤独やためらい、無力感をキャラクターに注ぎ込み、世界と向き合いながらも逃げることも、勇敢に進むこともできない少年を正直に描き出したと語ります。この感情のリアリティこそが、『エヴァンゲリオン』が30年経った今でも驚くほどの共鳴力を持ち続けている理由でしょう。
庵野監督は、シンジに自身の影が多く見られるものの、これは自伝的な創作ではないと強調しています。例えば、シンジと父親・碇ゲンドウとの極端なまでの疎遠さは、庵野監督自身の個人的な経験ではなく、彼が成長過程で感じていた人間関係における距離感の象徴的なメタファーなのだそうです。

『新世紀エヴァンゲリオン』における、メカニックバトルや使徒襲来、そして終末の危機といった要素は、単なる設定に留まらず、キャラクターの内面に抱えるトラウマを包み込み、表現するための象徴として機能しています。これについて庵野監督は、「僕は父親に家を追い出されたわけではありません。ですが、『エヴァ』を制作する中で、自分がどんな人間なのかを発見し、自分がバカだと認めました」と率直に語っています。
時を経て、庵野監督は『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』四部作で物語世界を再構築し、シンジをはじめとするキャラクターたちに、これまでにない成長と救済をもたらしました。最終章でこの伝説的な作品にひとまずの終止符が打たれたものの、ファンからはさらなる続編を熱望する声が絶えません。しかし、庵野監督は『ニューヨーク・タイムズ』のインタビューに対し、これについて比較的明確な回答を寄せています。
「現時点では、シンジや他のキャラクターに会う必要性を感じていません。ですが、永遠に会いたくないわけではないんです。もしかしたら、未来のどこかのタイミングで、また彼らに出会う時が来るかもしれません」。彼はそう述べています。

どうやら、庵野監督は現時点では『エヴァ』に再び注力する意向はないようです。彼曰く、長年にわたり一つの作品世界に深く関わることは、多大な心力と感情を注ぎ込む必要があるため、短期的な続編の可能性は低いとのこと。とはいえ、このシリーズが持つ根強い人気を鑑みれば、将来的には前日譚やスピンオフ、あるいは他のクリエイターが世界観を引き継ぐ可能性も、まだまだ残されていると言えるでしょう。