宇多田ヒカル、新曲の「夫婦別姓」歌詞でネット大激論!「アーティストは政治に口出すな」の声に賛否両論


日本の音楽シーンのトップを走り続ける宇多田ヒカルさんが、2025年5月2日に新曲『Mine or Yours』をリリースしました。本楽曲はコカ・コーラ社の緑茶ブランド「綾鷹」のCMソングとして書き下ろされ、YouTubeチャンネル『THE FIRST TAKE』での初パフォーマンスと共に公開。同日、各種音楽配信サービスでも配信がスタートし、ファンの間で大きな話題となっています。

この楽曲は、「現実や不完全さの中でも、手を取り合って共に歩み、理解し合うこと」をテーマにしたバラードです。しかし、その歌詞の一節、「令和何年になったらこの国は夫婦が別姓を選べるの?」というフレーズがSNSを中心に大きな波紋を呼び、賛否両論の嵐が巻き起こっています。


歌詞が物議、「国の制度を破壊する意図がある」「悪意を感じる」との声も

歌詞の中で「夫婦別姓」制度に触れたことに対し、一部のユーザーからは「政治に干渉するな」「日本のことを分かっていない」「発言が過激すぎる」といった批判が噴出。SNSには以下のような厳しい意見が寄せられました。

「うわ……ひどい。選択的夫婦別姓の意図を分かって言ってるのか、知らないで言ってるのか。日本が誇るべき戸籍制度を守らないと、悪用する人たちが出てきて本当に危険。影響力のある人がこんなこと言うなんて…信じられない。」

「ごめんなさい、もう宇多田さんの歌は聴けません。今まさに『夫婦別姓』に反対の声も多く、意見がぶつかり合っている中で、この歌詞はショックで共感できません。」

中には、この問題を民族間の対立と結びつけ、「国の制度を破壊する意図がある」「敵を招き入れる行為だ」といった政治的な陰謀論を唱える過激な意見も見られました。

「あなたは選択的夫婦別姓の推進派なんですね…残念ですがフォロー外します。選択的夫婦別姓は強制的親子別姓につながり、子供の負担になるし、日本の社会制度や国防にとって極めて危険です。中国、韓国、クルド人などの移民に乗っ取られる日本を作りたいのですか?」

アーティストが政治的な意見を表明すること自体を問題視する声も少なくありません。

「芸能人は安易に政治に首を突っ込むべきではない。特にあなたのように絶大な影響力を持つ人は。」



夫婦別姓をめぐる議論:世界で唯一「夫婦同姓を強制」する日本の現状

実際、現在、法律で夫婦同姓を義務付けている国は世界で日本だけです。結婚後に姓を変更する人のうち95%が女性であり、名義変更の手間やキャリア上のアイデンティティなど、多くの女性が実質的な困難に直面しています。1996年には法務省の法制審議会が「選択的夫婦別姓制度」の導入を答申しましたが、関連法案の改正は今なお実現していません。

2024年には、石破茂首相がこの制度への支持を公言し、「夫婦が別姓だと家族の絆が壊れるという議論は理解できない。結婚によってほとんどの女性が姓を変えている現状を考えれば、選択の自由を法的に保障することは非常に重要だ」と述べています。


これは純粋な創作活動? 『Mine or Yours』は一方的な意見表明ではないとの声

この騒動に対し、宇多田さんの表現の自由を支持する声も多数上がっています。歌詞の意図は政治的なプロパガンダではなく、社会の現実を誠実に映し出したものだ、と擁護する意見が見られます。

「人それぞれ考え方はあるだろうけど、だからって何を言ってもいい、叩いていいってことにはならない。」

「宇多田ヒカルは声明を出したわけじゃなく、歌詞に素朴な疑問を書いただけ。なのに左翼認定されたり、どっかの政党から金もらってるとか言われたりするのは、さすがに飛躍しすぎ。」

宇多田さんの楽曲『traveling (Re-Recording)』や『Gold ~また逢う日まで~ (Taku's Twice Upon a Time Remix)』に参加した音楽プロデューサーの高橋拓さんも、自身のX(旧Twitter)で次のように投稿し、議論を呼びかけました。

「僕のまわりで夫婦別姓を選択する人がいたとして、僕になにか不利益ってあるのかな?想像力が乏しいのでやさしく教えてほしいです (・◡・)」

「知りたいのは別姓にした当人たちがどうなるかじゃなくて、僕自身にどんな不利益があるのか?あるいは、不利益は特になくて、なにかが変わるのか?それとも、むしろなにかいいことがあるのか?」


「歌詞は声明文じゃない」 過去にもあった同様の出来事

実は、宇多田さんの歌詞が物議を醸すのは今回が初めてではありません。宇多田さん自身、2006年にシングル『Keep Tryin'』をリリースした際、公務員の妻を名乗るリスナーから「あなたのCDは全部捨てました。もう二度と聴きません」という手紙が届いたというエピソードを明かしています。

この出来事について、宇多田さんは「『うわ、すごい誤解されてる』って思って。その誤解を解きたくてラジオでいっぱい喋ったのが懐かしいな。でも後になって、歌詞って説明しても意味ないなって気づいた。歌詞は、歌詞だから」と語っていました。

この過去のエピソードを思い出し、感慨深く語るファンもいます。

「また同じことが繰り返されてる? 彼女は対立を煽りたいんじゃなくて、むしろ『自己肯定』と『他者との繋がり』の間で、どうバランスを取って理解し合うかを問いかけてるんじゃないかな。」

「今回の炎上は、まさに『表現の自由の限界』を試すケーススタディみたいになってる。自由であることに慣れすぎると、かえって自由の行使に不安を覚えるようになる、ってことなのかもね。」