なぜ『ポケモン』は任天堂にとって「例外」なのか? 海外メディアが分析する、『テトリス』から始まった「携帯機王朝」を築いた共生関係

長年にわたり、任天堂は自社製品を徹底的にコントロールする企業として知られています。ハードの設計・生産からファーストパーティのゲーム開発まで、ほぼクローズドなエコシステムを形成していると言えるでしょう。しかし、海外のゲームメディア『Polygon』が最新の分析で、『ポケットモンスター』(ポケモン)シリーズの成功は、そんな任天堂にとって際立った例外であり、同社の歴史を塗り替えた重要な協力関係だと指摘しています。

『Polygon』によると、『ポケモン』は任天堂が擁する最も価値あるブランドであり、一部の統計では世界で最も収益性の高いメディアフランチャイズの一つとさえ見なされています。同メディアが引用したデータによれば、2024年におけるポケモンの小売売上高は、なんと120億ドルに達したとのことです。

もちろん、ポケモンは完全に任天堂だけのものではありません。シリーズ本編は任天堂のゲーム機で独占的に発売されていますが、実際の開発を手掛けているのは独立したスタジオであるゲームフリークです。そして、任天堂はゲームフリークおよびクリーチャーズと共に「株式会社ポケモン」を共同で所有し、全世界でのライセンス供与やブランド運営を担当しています。

このため、『Polygon』は、この三社による協力体制が、厳格な管理で知られる任天堂にとって非常に特殊なものであると指摘。特に『Pokémon GO』のような社会現象を巻き起こした作品が、サードパーティによってスマートフォン向けに開発・運営されている点は、任天堂と一定の距離感を保っている証拠だと分析しています。この比較的ゆるやかな関係性こそが、ポケモンに大きな発展の余地をもたらしたのではないか、というのが同メディアの見解です。

また、同メディアは歴史を振り返り、任天堂が「完全にはコントロールしていない」作品から恩恵を受けたのは、これが初めてではないと指摘します。1989年に発売されたゲームボーイは、当初キラーソフトに恵まれませんでしたが、『テトリス』の登場によって携帯ゲーム機市場を切り拓くことに成功。これにより、任天堂は家庭用ゲーム機が苦戦していた時期でも安定した経営を続けることができました。記事では、『テトリス』がなければ携帯ゲーム機市場は形成されず、『ポケモン』がなければゲームボーイが14年もの長きにわたる製品寿命を全うすることもなかっただろう、と結論付けています。

『Polygon』は、ポケモンの着想がゲームフリークの創設者である田尻智氏の少年時代の昆虫採集の経験と、ゲームボーイの通信機能とを結びつけたものだった点に触れています。これが、1996年の『ポケットモンスター 赤・緑』の誕生に繋がりました。その後、アニメやカードゲームとの連携で世界中を席巻し、いわゆる「ポケモンフィーバー」を巻き起こします。任天堂が当時、ゲームフリークを買収するのではなく、同社およびクリーチャーズとの三社共同体制を築いたのは、熟慮の末の決断だったのかもしれない、と記事は推察しています。

もし『ポケモン』が完全に任天堂の所有物であったなら、当時のような大規模でアグレッシブなライセンス展開や商品化は行われなかったかもしれない、と『Polygon』は分析。この体制のおかげで、任天堂は莫大な利益を享受しつつも、一部の論争とは距離を置き、ファミリー向けブランドとしてのイメージを維持することができました。この「適度に手放す」戦略こそが、任天堂とポケモンの双方にとってWin-Winとなり、切り離せない共生関係を築き上げたのだと論じています。

『Polygon』は、任天堂の成功は単にすべてを掌握することによってもたらされたのではなく、時にはパートナーを信頼し、柔軟な体制を維持することこそが、長期的な成功の鍵であると締めくくっています。


via: Polygon