80~90年代にファミコン、スーパーファミコン、[[OBJ_4469]]といった家庭用ゲーム機に熱中したプレイヤーたちも、今ではすっかり人の親。我が子がゲームで遊ぶ姿を見守る立場になった方も多いでしょう。そして、それはゲーム開発者も同じようです。「マリオの父」として知られる任天堂の宮本茂氏が、過去にお子さんとの「ゲームを通じた交流」を語った際、どうやら父親のゲームの才能は遺伝しなかったらしく、そのプレイを見るのはなかなかに「つらい」ものだったと明かしています。
この逸話が明かされたのは、1996年に刊行された『スーパーマリオ64』の公式ガイドブックでのこと。ゲームの開発秘話などが語られる中で、自身のお子さんを含む中学生10人に、「ボムキング」が登場するステージのテストプレイをしてもらった時のエピソードとして紹介されました。

しかし、テストプレイの様子を見ていた宮本氏は、自分のお子さんがあまりゲームが得意ではないことに気づいてしまいます。自身がデザインしたゲームを我が子がコントローラー片手にプレイする姿に、父親譲りの「ゲームセンス」が受け継がれなかったことへの寂しさを感じつつも、心の中ではついツッコミを入れてしまったそうです。
「登れるはずのない坂を、何十回も登ろうとチャレンジしているんですよ。父親としては、心の中で『ああ! この子、ヘタじゃね?』って思っちゃいましたね」と宮本氏は笑いながら語ります。とはいえ、子供たちの腕前はともかく、テスト自体は大成功だったとのこと。「テスト後にゲームの感想を聞くと、みんな面白かった、また遊びたいと言ってくれましたから」。

こうしたテストでの経験は、宮本氏と任天堂のゲームデザインにおける核心的な理念――ゲームは面白くあるために存在する――に大きな影響を与えました。そして「面白さ」こそが、ゲームをデザインする上で最も重要な要素となったのです。宮本氏は次のように続けます。「昔は、クリアできないゲームは面白くない、あるいは成功したゲームとは言えない、という考え方が主流でしたよね?」
「それは任天堂がずっと守ってきた精神でもありました。でも、たとえクリアが思うように進まなくても、その過程自体が楽しければ、それはそれで立派なゲームなんじゃないか、と気づいたんです。『スーパーマリオ64』を開発するまで、僕自身もその考え方には懐疑的でしたけどね」
via: Games Radar