藤本タツキ先生が手がける漫画『チェンソーマン』初の劇場版アニメとなる『劇場版 チェンソーマン レゼ篇』が、先週金曜日の9月19日に公開されました。公開後の評判も非常に高く、興行収入はわずか4日間で15億円を突破する大ヒットスタートを切っています。
そして、本作のオープニング・テーマ「IRIS OUT」とエンディング・テーマ「JANE DOE」を制作した米津玄師さんが、音楽ナタリーのインタビューに応じ、楽曲制作の背景や宇多田ヒカルさんとのコラボレーションの秘話を明かしました。

オープニング・テーマ「IRIS OUT」制作秘話――「道徳と欲望の間で揺れ動く感覚」
Q : 今回の「IRIS OUT」と「JANE DOE」は全く異なるスタイルの楽曲ですが、どこか補い合っているようにも聞こえます。『チェンソーマン レゼ篇』のオファーを受けた際、どのように制作をスタートされたのでしょうか?
米津玄師 : 最初は「2曲書いてほしい」というオーダーでした。エンディング・テーマは「JANE DOE」にしようと、初めから明確なイメージがあったのですが、「IRIS OUT」のほうは手探りで作っていった感じです。
Q : 以前にもTVアニメ『チェンソーマン』のオープニング・テーマ「KICK BACK」を手掛けられていますが、今回はその流れを意識されましたか?
米津玄師 : 実を言うと、最初からいわゆる「KICK BACK 2」にはしたくないという思いがありました。「JANE DOE」はそういう問題は起きにくいんですが、「IRIS OUT」は「KICK BACKの焼き直し」になりかねない。だから、両者をどう差別化するかはすごく重視しました。「KICK BACK」が複雑な構成でテンションの高いジェットコースターだとしたら、「IRIS OUT」はフリーフォールにしたかったんです。最初から「ドン」と真下に落ちていって、最後は潔く終わる、みたいな。

Q : 以前、この曲を書くにあたってレゼの原作のコマをずっと眺めていた、ともお話しされていましたね。レゼというキャラクターの魅力はどこにあると思いますか?
米津玄師 : レゼというキャラクターは、「クラクラさせられる快感」みたいなものがあるんですよね。気持ちよく酩酊させられるというか、手のひらの上で転がされたいと思わせるような。頬を赤らめてデンジを見上げる、ちょっと挑発的な仕草を見せたかと思えば、好意を匂わせるようなこともしてくる。デンジみたいな人間なら、そりゃ騙されますよ。それに、恋愛においては「騙されたい」という気持ちもすごく大事だったりしますよね。レゼはすごくチャーミングで蠱惑的なのに、本心では何を考えているか全くわからない。そのミステリアスな部分が、人をより惹きつけるんだと思います。彼女は、人の感覚を根底からめちゃくちゃにしてくれる存在なんです。
Q : 歌詞については、どのように構築していったのでしょうか?
米津玄師 : 正直なところ、最初は少し心配でした。というのも、自分が強烈な情欲を投影してしまうことがわかっていたからです。歌という表現は、すべての感情を増幅させてリスナーに届けてしまう。漫画やアニメのように「キャラクターというフィルター」を通して表現されるのとは違って、歌詞はより主観的で、危ういものでもある。特に今の時代、性的な事柄は避けるべき話題と見なされがちなので、ポップソングを作る人間として、どこまで踏み込むべきか葛藤がありました。
そこで考え始めたのが、「推し活」という概念です。性愛や欲望は敬遠されがちですが、「推し」というカルチャーは現代においてものすごく盛り上がっている。僕は「推し」って、ある種、現代における宗教や神話のようなものだと感じています。それは気高く、美しく、神聖でさえある存在でありながら、同時に人間的な情欲を掻き立てるものでもある。
現代社会は「欲望は不道徳なものだ」という風潮を強める一方で、「推し」という言葉でそのエロティックな要素を脱臭し、「受け入れ可能なもの」にしている。この二面性が、すごく面白いなと思ったんです。だから、その「道徳と欲望の間で揺れ動く感覚」を「IRIS OUT」に込めました。この曲を通して、そういった「ロマンチックでありながら、葛藤でもある」という曖昧な感覚を表現できていれば嬉しいです。

エンディング・テーマ「JANE DOE」制作秘話――「宇多田ヒカルさんの声でなければ、この曲は成立しなかった」
Q : エンディング・テーマの「JANE DOE」についてお伺いします。こちらは当初から「映画のエンディングで流れること」を前提に制作されたのでしょうか?
米津玄師 : 正直に言うと、最初から「この曲は自分が歌うべきではない」と思っていました。男性の声でレゼ篇のエンディングを飾るのは、どうにもしっくりこなかったんです。この曲は「女性の声が先行する」ことで、初めて成立するだろうと。
僕は昔から、ビョークとトム・ヨークが映画『ダンサー・イン・ザ・ダーク』でデュエットした「I've Seen It All」がすごく好きで、「あの雰囲気がレゼ篇にぴったりだ」と感じていました。なので、そういったイメージを念頭に制作を始めました。途中、もっとノスタルジックで青春っぽい方向性も試したんですが、最終的にはやはり「男女のデュエットで、憂いを帯びたダークな雰囲気」のスタイルが一番しっくりきましたね。

Q : 楽曲発表の際には「特に誰かに歌ってほしいとは考えていなかった」とコメントされていましたが、制作のどの段階で宇多田ヒカルさんのイメージが浮かんだのでしょうか?
米津玄師 : ピアノのメインリフからAメロのメロディと歌詞を書き出した段階で、「あ、この曲は宇多田ヒカルさん以外ありえない」と思いました。むしろ、宇多田さんでなければ、この曲は成立しないとすら感じました。
僕が抱く宇多田ヒカルさんの声の印象は、もの悲しく孤独でありながら、同時に風が吹き抜けるような爽やかさもあって、そこに声が持つザラっとした質感が加わる。この二つの特性が共存しているのが彼女の声の魅力です。それに、彼女の音楽を聴いていると、「圧倒的な才能、作品、そして歌声の美しさに支配される」ような感覚があるんです。まるで彼女の内面が自分の心に染み込んでくるような。でも、曲が終わるとふと「あれ?彼女はどこに?」と感じる。その存在感が強いのに、どこか儚いという矛盾した感覚が、この曲にすごく合うと思ったんです。
Q : 宇多田さんは非常に多面的なアーティストですが、今回の「JANE DOE」では特に彼女が得意とする「喪失感」の表現が際立っているように感じます。この点についてはいかがですか?
米津玄師 : 僕は特に「FINAL DISTANCE」と「誰かの願いが叶うころ」が大好きで、中学生の頃に聴いて人生にものすごく大きな影響を受けました。彼女を本気で意識するようになったきっかけの曲です。
個人的な感覚ですが、彼女の歌には常に「矛盾した、割り切れない二面性」が内包されているように感じます。そして、レゼというキャラクター自身も、それに似た多層的な部分を持っている。もちろん、彼女が「レゼのようだ」と言いたいわけではなく、そういった共通項が存在するということです。

Q : 「JANE DOE」の歌詞はどのように着想を得たのでしょうか?
米津玄師 : 最初に頭に浮かんだのは、「割れたガラスの上を裸足で歩く一人の人間がいて、一歩進むごとに足が切れて、その血が点々と足跡になっていく」という光景でした。レゼというキャラクターは、本質的に「自分の痕跡を消しながら」生きています。身元不明の人間が、傷つきながら歩き続け、その血が赤い軌跡となって伸びていく。そんなイメージです。
Q : シングルのジャケットアートワークについてもお聞かせください。ご自身で描かれたレゼのイラストには、どのような思いを込めましたか?
米津玄師 : 自分の技術で描ける範囲で、可能な限り「一番エロい」レゼを描きたいと思いました。なぜなら、その「誘惑する」ような雰囲気がなければ、この作品は全く成立しないからです。そして、ジャケットを2枚作ることにした時点で、「レゼの全身を描いて、それを上下に分割する」というアイデアが生まれました。

Q : 「IRIS OUT」は米津さんが「デンジ」の視点で歌い、「JANE DOE」は宇多田さんが「レゼ」として歌っているように聞こえます。これは意図的な構成だったのでしょうか?
米津玄師 : はい、最初からそういう設定でした。「複雑な感情を背負った女の子」と、「その感情が全くわからない男の子」のデュエットにしたいという思いがありました。その考えを宇多田さんにもお伝えしたところ、彼女も自身の解釈でそれに応えてくださって、最終的に皆さんが聴いてくださっている今の形になりました。

今回のインタビューからも、米津玄師さんがいかに深い作品理解をもってこの2曲に心血を注いだかが伝わってきます。特に、キャラクターの性格や心理を音楽へと昇華させる手腕は見事です。さらにはイラストまで手掛けるその多才ぶりには驚かされますね。以前、『チェンソーマン』の原作者である藤本タツキ先生が「米津玄師は漫画を描くな」と冗談めかして語ったのも、納得がいきます。でなければ、また一人とんでもない漫画家が誕生してしまいますからね(笑)。
via: natalie