藤本タツキ先生が手がける漫画『チェンソーマン』。その初となる劇場版アニメ『チェンソーマン レゼ篇』が公開され、興行収入でも好成績を記録し、再び大きな話題を呼んでいます。
劇場版の音楽も、TVシリーズに引き続きコンポーザーの牛尾憲輔さんが担当。TVシリーズとは全く異なるアプローチで劇伴を制作し、より豊かな感情の機微を描き出しました。今回、音楽ナタリーのインタビューにて、牛尾さんが制作の裏側や、本作に込めた想いを語っています。

「この作品は、とにかくカオス」
牛尾さんは、2022年にTVアニメ『チェンソーマン』の音楽制作のオファーを受けた当時を振り返り、「『週刊少年ジャンプ』の人気漫画ですから、それはもう緊張しました。まあ、よく見ると『これ、本当に王道なのか?』って思いますけど(笑)」と、当初は自分に務まるか不安だったと明かします。しかし、制作スタジオであるMAPPAの熱烈なオファーを受け、この挑戦に臨むことを決意したそうです。
「原作を初めて読んだ時、『なんだこれ、めちゃくちゃだ!』って思ったんです。でも、そのカオスさが逆に魅力的で。いっそ『カオス』を音楽のテーマにしたら面白いんじゃないかと考えました」と牛尾さん。『チェンソーマン』の世界は予測不能な展開の連続で、キャラクターたちの思考も常軌を逸しています。「その『何が何だかわからない』感じこそが作品の核。そこさえ忘れなければ、音楽はいくらでも自由に暴れられると思ったんです」

「レゼ篇」:AIからエモーションへの転換
TVシリーズでは、AI技術で音楽を生成するという手法が話題を呼びましたが、劇場版『チェンソーマン レゼ篇』では、全く異なるアプローチを選択したと語ります。
「今回はAIをほとんど使っていません。もしレゼ篇をやれる機会があったら、大編成のオーケストラでやりたいとずっと思っていたんです。レゼ篇は前半よりも叙情的で、恋愛に近い雰囲気がありますよね。テーマは『初恋』や『夏』といった、儚くて切ない感情。それをAIで曖昧に表現してしまうと、かえってリアリティが損なわれると思ったんです」と牛尾さん。さらに、「このエピソードは、カオスな世界に咲いた一輪の花のようなもの。その花が咲く音を、観客の皆さんに聴かせたかったんです」と笑顔で付け加えました。

「in the pool」:レゼのテーマ曲、誕生秘話
劇中でレゼとデンジがプールにいる印象的なシーンで流れる「in the pool」は、レゼのテーマ曲候補の一つだったと牛尾さんは明かします。「当初、候補は2曲あって、1曲は後に『Reze』となり、もう1曲が『in the pool』でした。僕と吉原達矢監督は、プールで流れる曲のほうがよりレゼらしいと感じていたんですが、他のプロデューサー陣から『深すぎる』という意見があって。最終的に『Reze』がメインになりましたが、僕らは『in the pool』をずっと『俺たちの曲』って呼んでたんです」
吉原達矢監督とのエピソードとして、「『俺たちの曲を絶対本編で使おうぜ』って話してたら、本当に採用されて、しかも組曲バージョンとして完成しました(笑)」と語ります。この楽曲は、レゼの「プール、入んない?」というセリフから始まり、柔らかな弦楽器の音色から壮大なオーケストラへと展開。二人のかすかで危険な距離感を象徴しています。牛尾さんは「ゆっくりと溶けていくコンチェルトのように、優しくもどこか冷たい、彼女の身にまとう孤独を感じてほしかった」とその意図を語りました。
▼ 「in the pool」
「チェンソーマン」音楽の未来
牛尾さんは、『チェンソーマン』の音楽制作は、自身にとってカオスな冒険のようなものだと語ります。「僕はBGMを書いているんじゃなくて、キャラクターたちの声を探しているんです。世界がどれだけ混沌として、血なまぐさくても、感情のメロディは決してかき消されない」。ファンにとって今回の音楽は、単なる「チェンソーマンの続き」ではなく、心を揺さぶる「音の旅」となったことでしょう。
Q : 今回のオーケストラアレンジは、具体的にどのように進められたのでしょうか。牛尾さんにとって過去最大規模だったのでは?
牛尾憲輔さん:今回は本当に僕が関わった中でも最大規模の編成でした。シンプルな部分はPCで打ち込みもできますが、僕はテクノ出身なので、自分で弦楽器のスコアを完璧に書くのはちょっとキャパオーバーで(笑)。なので、まずはピアノでメロディと構成を作って、アレンジャー兼オーケストレーター(各楽器のパートを総譜にまとめる専門家)のパートナーに渡し、一緒に全体のオーケストレーションを設計していきました。幸い、彼が「君の変なアイデア、面白いじゃん」って乗ってくれるタイプの人だったので、本当に助かりました。
特にこだわったのが、「プールでレゼとデンジが向き合う」シーンの直後から、背景で鳴り続けている「近代ロシアのピアノ協奏曲」風のサウンドです。レゼの背後にある「冷たい国から迫りくる空気感」を音楽で描きたかったんです。オーケストレーターと何度も議論を重ね、最終的に彼が曲全体に完璧に溶け込ませてくれました。この曲は、最初は胸が高鳴るような繊細で甘いメロディなのに、後半にかけて抑圧的で冷たい空気に変わっていく——まさにレゼの背景にシンクロしていて、今回はうまくいったなと感じています。

Q : レゼがロシア語で口ずさむ「ジェーンは教会で眠った」(作詞:藤本タツキ/作曲:牛尾憲輔)も印象的でした。
牛尾憲輔さん:あの歌詞は、原作漫画のセリフをそのまま使っています。コマの横に音符が描いてあったので、「ああ、これは歌なんだな」と思って曲をつけてみたんです。ただ、ロシア語なので、下手に言葉を区切ると意味が変わってしまうんじゃないかと、めちゃくちゃ緊張しました。なので、作曲する際は言葉の意味とリズムが一致するように特に注意して、ロシア民謡のような、物悲しいけど悲壮すぎない雰囲気を意識しました。
それに、80秒という尺の中で、あれだけの歌詞を映像のテンポに合わせて歌い切るのは、本当に至難の業でした。でも、レゼ役の上田麗奈さんの歌唱が素晴らしくて、効果は完璧でしたね。この曲はサウンドトラックにも収録されているので、ぜひ単体でも聴いてみてほしいです。
▼ 「ジェーンは教会で眠った」
Q : 戦闘シーンに入ると、いよいよテクノミュージシャンである牛尾さんの独壇場という感じでしたね。
牛尾憲輔さん:そうですね。当時は音響監督や監督チームと「どのシーンにどの曲を当てるか」を一緒に話し合いました。ただ、映画の後半はほとんどが戦闘シーンなので、ずっとクライマックスが続くとテンポが密になりすぎて、観客が疲れてしまうんです。いわば「ずっとアガりっぱなし」の状態は、駆け出しのDJが緩急をつけずに曲を流し続けるようなもので(笑)、後半にはもう何も感じなくなってしまう。だから全体のダイナミクスにはすごくこだわりました。ただ爆音を鳴らし続けるのではなく、「暴走しないライブ」を設計するように、盛り上がりと落ち着く部分をしっかり配置したんです。
はっきり言えば、これは僕がエレクトロニックミュージックの現場でよく使う「ライブセットの考え方」そのものです。僕はDJはしませんが、ライブでは音楽の流れを設計します。今回の映画のテンポ設計も、まさにその手法で考えました。例えば、テクノトラックの「sweet danger」は、お祭りでの親密なやりとりから、レゼが正体を現した時の威圧感へと一気に引き戻す役割を担っていて、この構成は我ながら気に入っています。

Q : 今回の『レゼ篇』の音楽は、牛尾さんが『ピンポン』や『DEVILMAN crybaby』で培ってきたテクノと叙情的なスタイルが、ついに融合したという印象を受けました。
牛尾憲輔さん:本当にそうですね(笑)。今回の音響監督である名倉(靖)さんは、実は『聲の形』や『リズと青い鳥』のミキサーでもあるんです。僕は彼のチームの一員だったこともあり、僕のことをすごく理解してくれていて、今回も大きな創作の自由を与えてくれました。普通、「どのシーンにどの曲を当てるか」は音響監督や選曲家のお仕事なんですが、名倉さんは僕を信頼して、全体の音楽構成を任せてくれたんです。
あまり「集大成」という言葉は使いたくないですが、確かにこれまでの経験がすべて交わった結果だと感じています。自分の音楽言語で『チェンソーマン レゼ篇』という作品を成立させられたという意味で、今回は本当に理想的な形になったと思います。

TVアニメから劇場版へと、牛尾憲輔さんの『チェンソーマン』への音楽に対する情熱には、ただただ感服させられます。特に劇場版の音楽は、叙情的なメロディから、アップテンポなエレクトロニック・サウンド、そして殺気すら感じさせる戦慄のトラックまで、多くの観客から絶賛の声が上がっており、映画の感動をより一層深いものにしています。
『ピンポン THE ANIMATION』、『DEVILMAN crybaby』、『平家物語』、そして『ダンダダン』と、話題作への参加が絶えない牛尾憲輔さん。今後、彼が音楽を手掛ける作品で、どのような素晴らしいサウンドを聴かせてくれるのか、ますます期待が高まります。
via: Natalie