ベテラン漫画家・イラストレーターの江口壽史先生。1970年代後半から活動を開始し、漫画作品はもちろん、数々のアーティストのCDジャケットを手がけるなど、商業イラストの世界でも広く活躍しています。しかし今年10月、企業や自治体向けに制作したイラストが「無断で他人の写真を模写しているのではないか」との指摘が相次ぎ、ネット上で大きな騒動に。江口先生自身もこれを認める投稿をしていました。
そんな中、江口先生が本日(12月30日)、自身のX(旧Twitter)を更新。一連のイラスト騒動について、長文で経緯を説明し、謝罪しました。

約3ヶ月の沈黙を破って投稿された文章では、まずこのように述べられています。
「この度は、本年10月3日の私のポストに端を発した一連のSNS上の混乱と騒動につきまして、関係各所との調整に時間を要したため、今になってようやく自分の言葉で説明できる状況となりました。ご心配をおかけした皆様、大変申し訳ありませんでした」
騒動の発端となった出来事については、「今秋の『ルミネ荻窪 中央線文化祭』のポスター制作にあたり、金井球さんのインスタグラムで公開されていた横顔の写真を、ご本人の気持ちに十分な配慮をしないまま、無断で参考にさせていただきました。ポスター公開後まもなくルミネ様にご本人からご指摘があり、すぐに私からDMでご本人に連絡を取り謝罪し、その後弁護士を介し協議の上、和解が成立しております。」と説明しています。
続けて、関係者へ改めて謝罪の言葉を述べています。「この件で、金井球さん、ルミネ様、関係スタッフの皆様、そしてイベントを楽しみにしてくださっていた皆様にご迷惑をおかけしたことを、改めて深くお詫び申し上げます。また、この件に付随して過去の仕事にも影響が及び、関係企業、関係者の皆様にご迷惑をおかけしたことも、併せてお詫び申し上げます。」

さらに、今回の騒動をきっかけにネット上で長年指摘されてきた「トレース疑惑」についても言及しました。
ネット上では「雑誌やネットの写真を参考にすること」や「トレースという表現手法そのもの」を悪とする声も多く見られたため、この機会に自身の「トレース」に対する考えを述べたい、としています。
江口先生は、「トレースは本来、絵を描く上での正当な一工程であり、『トレース=盗用=悪』とか『トレースなら即トレパク』といった単純な話ではありません。僕にとってはラフの、そのまた一番最初の段階です。」と強調します。
雑誌の写真であれ、自身で撮影した写真であれ、イラスト化する際にはまずトレースから入ると説明。しかしそれはあくまで「アタリ」を取るため、つまり画面の構図や人物の配置、トリミングを決めるための作業に過ぎないとのこと。そのアタリを元にラフを重ね、構図や輪郭を修正していくことで、徐々に自身の絵柄へと落とし込んでいくそうです。また、多くの人が想像するような「写真の上に薄紙を置いて、そっくりそのままなぞる」という作業では、描いたことがある人なら分かるはずですが、決して自分の作品にはならない、とも述べています。

ネット上の一部で囁かれる「パソコンのトレース機能を使えば誰でも描ける」「AIで写真を線画にして色を塗っているだけ」といった批判については、「極端な話ですが」と前置きしつつ、そうしたツールは一切使用していないと否定しました。「手描きならいいという話ではありませんが、少なくとも僕の場合はラフからペン入れまで全て手描きで、着色にPhotoshopを使っています」と補足しています。
自身の創作スタイルについても改めて言及。「僕は常々、自分のイラストは『描く』というより『作る』ものだと言ってきました。ラフの段階は設計図を描くようなもので、ラフさえできれば、ペン入れは全工程の中で僕が一番楽しく、純粋に『絵を描いてる』時間です。」と語ります。そして、その時の自分にしか描けない線の流れや揺らぎ、偶然性が作品を「江口寿史のイラスト」たらしめているのだと強調しました。

写真の参考については、漫画家時代から行ってきたことで、業界では長年の慣習とされてきたと説明。しかし、当時の認識が「写真集など著作物として出版されているものはダメだが、雑誌の写真は情報であり、自分で撮った写真と同じ作画資料」というもので、問題になるという意識が正直なかったと告白しました。
その上で、「社会の規範や価値観、倫理観は時代と共に変わります。今回の件の一番の問題は、僕がその変化に追いついていなかったことです。時代はとっくに変わっていたのに、40年以上前の20代の頃の、まだ牧歌的だった頃の認識のまま、無自覚に描き続けてしまっていた」と、自身の認識の甘さを反省しています。
法律面については専門家ではないとしながらも、弁護士に相談したとのこと。ポーズや服装を参考にするだけでは著作権侵害にあたらない場合が多く、イラスト化され特定の個人が識別できなければ肖像権やパブリシティ権の侵害にもあたらないケースもあるようです。しかし、「法律的に問題はなくても、参考にされた写真には生身の人間が写っているわけで、知らないうちに自分の面影のある絵が世に出ていることに、不安や不快感を覚えるのは当然のこと。そのことへの配慮が僕には決定的に欠けていました」と、配慮不足だった点を認めました。

ここ20年ほどの活動を振り返り、「イラストの仕事を受けすぎたのかもしれません。そこからくる慣れ、惰性、そして『江口寿史の絵に見えればいいんだろう』という傲慢さもあった」と吐露。この点について深く反省していると述べました。
最後に、「今回の件で、自分の表現を見つめ直すことができました。皆様からの厳しいご意見も真摯に受け止め、今後の糧にしていきたいと思います。僕はこれからも絵を描き続けます。まだ何も成し遂げていないし、僕の絵はこれからもきっと変わり続けます」と締めくくり、今後の創作活動への意欲を示しました。

しかし、この長文での説明に対し、ネット上では厳しい声が多数上がっています。「無断使用」や「模写」という問題の核心を避け、あたかも創作工程の一環であるかのように語る姿勢に、「論点がずれている」「ベテランとしての自覚が足りない」といった批判が噴出。多くのユーザーが納得していない様子です。
今回の投稿が巻き起こした反響は、江口先生の今後の活動にも大きな影響を与えそうです。数ヶ月の沈黙を経ての投稿でしたが、かえって火に油を注ぐ結果となってしまったのかもしれません。



