1999年に映画『マトリックス』の第1作が公開された後、監督のウォシャウスキー姉妹は自ら日本を訪れ、『メタルギアソリッド』シリーズのクリエイターである小島秀夫に、『マトリックス』を題材としたゲームの制作を依頼していたという。
しかし、この夢のコラボレーションは最終的にコナミ上層部によってその場で却下され、伝説的なクロスオーバーの機会は失われることとなった。

この逸話を明かしたのは、海外メディア『Time Extension』によるコナミの元ライセンス事業部バイスプレジデント、クリス・バーグストレッサー氏へのインタビューだ。バーグストレッサー氏によれば、当時『メタルギアソリッド』シリーズは勢いに乗っており、その後の『メタルギア2 ソリッドスネーク』や1998年の『メタルギアソリッド』も大成功を収めていた。
そんな中、ウォシャウスキー姉妹がコナミ本社に電話をかけ、小島監督との面会を希望したという。バーグストレッサー氏は「彼女たちはコンセプトアーティストを連れて小島監督に会いに来ました。そして単刀直入にこう言ったんです。『あなたに『マトリックス』のゲームを作ってほしい。どうだろうか?』と」と振り返る。
バーグストレッサー氏によると、その場にはプロデューサーの北上一三氏と通訳も同席していた。驚くべきことに、北上氏は通訳の話を聞き終えると、ただ淡々と「いや、やらない」とだけ答えたという。そして、会議はそれで終わってしまった。
「私たちはその後、『マトリックス』の日本プレミアと記念パーティーに招待されましたが、その時点で協力の可能性は完全に消え去っていました」とバーグストレッサー氏は付け加えた。

実現しなかったこのコラボレーションを、多くのコナミ社員が残念に思っていたという。報道によれば、社内チームのメンバーからは「『マトリックス』のゲームを作るチャンスを逃したこと」に大きな失望の声が上がっていた。その3年後、2003年に発売された『エンター・ザ・マトリックス』は別の開発チームによって制作された。これはちょうど『メタルギアソリッド2』(2001年)と『メタルギアソリッド3』(2004年)の間にあたる時期だ。
当時の状況を振り返ると、コナミはシューティングやアクションゲームの分野ですでに手一杯だった。バーグストレッサー氏は、北上氏が『マトリックス』のプロジェクトを引き受けることでリソースが分散することを懸念したのではないかと指摘する。「当時、会社は『メタルギアソリッド』シリーズに全力を注いでいました。作風が重なる西洋のアクション映画の題材にもう一つ手を出すことは、確かに避けたかったのでしょう」
via: Time Extension